芳根京子は難病・ギラン・バレー症候群や転校の苦難を乗り越えた?女優誕生の全記録

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「朝ドラのヒロインって、どんな学歴なんだろう」と気になって調べ始めた方も多いんじゃないでしょうか。芳根京子さんは、2016年にNHK連続テレビ小説『べっぴんさん』でヒロインを務めて一躍注目を集め、その後も数々の話題作に出演し続けている実力派女優です。

実は、芳根さんの学歴をたどると、単なる「出身校リスト」では語れない波瀾万丈なストーリーがあるんですね。引っ込み思案だった少女時代から、難病との戦い、校則の厳しい高校からの転校、そして偶然のスカウトによる芸能界デビュー。

一つひとつの出来事が積み重なって、今の芳根京子が生まれた——そんな視点で学歴を振り返ってみると、また違った景色が見えてきます。


目次

芳根京子の学歴一覧

まずは基本情報から整理しておきましょう。

学校名在学期間備考
杉並区立沓掛小学校2003年〜2009年吹奏楽部でフルートを始める
杉並区立中瀬中学校2009年〜2012年吹奏楽部スカウト、ギラン・バレー症候群発症
東京都立深沢高等学校2012年〜2013年偏差値41、校則が厳しく転校
東海大学付属望星高等学校2013年〜2015年通信制、芸能活動と両立して卒業
大学・専門学校なし料理専門学校を検討したが芸能活動に専念

生年月日:1997年2月28日
出身地:東京都杉並区
所属事務所:ジャパン・ミュージックエンターテインメント

こうして並べてみると、高校だけで2校通っているんですよね。なぜ転校が必要だったのか、その背景に何があったのか——順を追って見ていきましょう。


小学校時代|内向的な少女とフルートとの出会い

杉並区立沓掛小学校でフルートに目覚める

2003年に杉並区立沓掛小学校に入学した芳根さん。テレビで見せる明るいキャラクターからは想像もできませんが、小学校時代は「引っ込み思案で友達がほとんどいなかった」とご本人がインタビューで語っています。

「自分なんて…」と卑屈になって、本音で話すことができない子供だったそうです。この言葉を読んで、思わず「あの芳根さんが?」と驚いてしまいました。

でも、その頃から始めたのがフルートです。吹奏楽部でフルートを担当し始めた小学生の芳根さん。ピアノや新体操なども習っていたようで、習い事は比較的多かったようですね。内向的な部分と、表現することへの興味が共存していたのかもしれません。


中学校時代|難病発症と「必要とされた」体験

杉並区立中瀬中学校での吹奏楽部スカウト

2009年、芳根さんは地元の杉並区立中瀬中学校に進学します。この中学校が偶然にも吹奏楽に力を入れていた学校で、フルート経験者だった芳根さんは入学早々に吹奏楽部からスカウトされます。

「急に自分を必要としてもらえたことが嬉しかった。その一言がまさにターニングポイント」と芳根さん本人が振り返っています。これ、すごく腑に落ちる言葉なんですよね。「必要とされること」が人を変えることがある——小学校時代に友達がほとんどいなかった少女が、このスカウトの一言で動き出した。人生って、ほんのひとことで変わるものなんだなと感じます。

吹奏楽部に入ってからの芳根さんは、本音で話せるようになり、性格が大きく変わったといいます。

中学2年でギラン・バレー症候群を発症

転機が訪れたのは中学2年生のとき。芳根さんは「ギラン・バレー症候群」という難病を発症します。

ギラン・バレー症候群とは、末梢神経の障害によって手足の力が入らなくなったり、しびれや感覚障害が起きたりする病気です。日本での発症率は年間10万人あたり1〜2人と、決して一般的ではない。それが14歳の少女を突然襲ったわけです。

約1年間、学校に通えない状態が続きました。「1年間」という期間を聞いたとき、正直しんどいなと思いました。中学2〜3年という多感な時期に、仲間と過ごす時間を失う辛さは相当なものだったはずです。

ただ、この経験が芳根さんの人生観に大きな影響を与えたとも言われています。難病を乗り越えてからは「ポジティブに生きられるようになった」と語っており、逆境が人を強くするという陳腐な言葉が、ここでは妙にリアルに響きます。


この経緯は芳根京子さんご本人が、過去のインタビューや記者会見などで公表されています。

経緯と詳細

発症時期: 中学2年生の時です。

病状: 手足に力が入らなくなる難病「ギラン・バレー症候群」を発症しました。当時は、1年間ほど学校に普通に通うのが難しい時期があったそうです。

現在の状況: その後、治療を経て現在は完治しており、女優のお仕事にも全く支障はないとのことです。

本人のコメント

芳根さんは、NHK連続テレビ小説『べっぴんさん』のヒロインに決まった際の会見などで、この経験について以下のように語っています。

「中学2年生の時に、力が入らなくなる病気になったことがありまして。今は完治して、支障はないんですけど、1年間学校に普通に通うのは難しい時期がありました」 「命の重さを実感しました。

それからはちゃんと『ありがとう』とか『ごめんなさい』とか言葉をしっかり伝えよう、という意識が出てきました」

大きな病を乗り越えた経験が、今の彼女の芯の強さや、一つひとつの仕事に対する誠実な姿勢につながっているのかもしれませんね。

高校時代|2つの高校とスカウトの決断

都立深沢高等学校(偏差値41)での出来事

2012年春、芳根さんは東京都立深沢高等学校に入学します。世田谷区深沢7丁目にある、1963年開校の都立校です。偏差値は41。日体大が隣接し、駒沢オリンピック公園にも近い、のどかなエリアにある学校です。

この高校時代のエピソードで一番面白いのが、文化祭での映画制作です。クラスの出し物として映画を作ることになり、芳根さんはなんと監督・脚本・編集を担当。「ちびまる子ちゃんの20年後」を描いた短編映画で、サザエさんのわかめちゃんも登場するという意欲作でした。

「放課後は脚本執筆と撮影、帰宅後は深夜まで映像編集と毎日大忙しでした」と芳根さんは振り返っています。この映画はクラス展示部門2位に選ばれ、大きな達成感を得たそうです。

ここが重要なポイントなんですよ。この「映画を作る体験」が、芳根さんに演じることへの興味を芽生えさせたんです。それまでスカウトを何度断ってきたか——なんと1日に5回スカウトされたこともあったそうですが、ずっと断り続けていたといいます。

ところが、文化祭映画で創作の楽しさに目覚めたタイミングで、友達に誘われて行った上地雄輔(遊助)さんのライブ会場でスカウトを受けます。「神様から与えられたチャンス!」と直感的に感じた芳根さんは、初めてスカウトを受け入れることを決意しました。

当時の同級生によると、「6クラスの男の子全員が、美少女だったので、きょんちゃんを見にのぞいてた」というほどの人気があったとか(笑)。でも告白はあまりされなかったそうで、「しゃべると残念だと気づかれたんだと思う」という芳根さんの自己分析がとても人間らしくて好きです。

東海大学付属望星高等学校へ転校した理由

芸能界入りを決意した芳根さんが直面したのが、都立深沢高校の「校則の壁」でした。この高校は都立高校でありながら校則が非常に厳しいことで知られており、芸能活動が認められなかったのです。

そこで2013年、高校2年生のタイミングで東海大学付属望星高等学校(通信制)に転校します。

東海大望星高校は、渋谷区富ヶ谷にある通信制高校です。通信制とはいえ進学実績は高く、早稲田大学や慶應義塾大学への進学者も出ています。2025年の実績を見ると四年制大学への進学率は54.8%。えなりかずきさん、夏帆さん、栗原類さん、榮倉奈々さんなど芸能人の出身者も多い学校です。

カリキュラムはインターネット講義の視聴、スクーリング、レポート提出で単位を取得する形式。これなら撮影やレッスンと並行しながら学業を続けられますよね。芳根さんは2015年3月にこの高校を卒業し、卒業の日にはSNSで「本日3月8日、無事高校を卒業しました! 胸張って言えるよ! 最高な3年間でした!」と喜びを報告しています。


なぜ大学に進学しなかったのか?

芳根さんは高校卒業後、大学にも専門学校にも進学していません。

「大学に行かなかった理由は何ですか?」とよく聞かれるだろうな、と思いながら調べていたら、興味深い事実が出てきました。芳根さんはもともと料理の専門学校への進学を考えていたそうです。

趣味が料理・お菓子作りで、かっぱ橋道具街が大好きなほど料理に情熱を持っている芳根さん。専門学校で料理を本格的に学びたいという気持ちは十分リアルな選択肢だったんですよね。

でも、芸能活動が軌道に乗り始めたタイミングで、女優業に専念することを選びます。2013年にフジテレビ『ラスト♡シンデレラ』でドラマデビュー、2014年には映画初主演、同年NHK朝ドラ『花子とアン』にも出演と、デビュー直後からめざましい活躍を見せていました。

もし専門学校に進んでいたら、2016年の朝ドラヒロイン抜擢もなかったかもしれない——そう思うと、時のめぐり合わせってすごいものですね。


学歴を超えた成長|芳根京子が女優になれた理由

芳根さんの学歴を丁寧に追っていくと、「偏差値」や「どの大学」という話より、もっと大切なものが見えてきます。

ひとつは**「必要とされること」への感度**です。中学の吹奏楽部スカウト、文化祭映画での達成感、そしてスカウトマンからの声かけ——ことごとく「自分を必要としてくれた瞬間」に動き出しているんですよ。人見知りで引っ込み思案だった少女が、必要とされることで少しずつ殻を破ってきた歴史がある。

もうひとつは逆境の多さです。学校になじめない小学校時代、難病で1年間を失った中学時代、校則に阻まれた高校時代。これだけ試練があって、それでも「チャンス」と感じたスカウトに飛び込めたのは、ギラン・バレー症候群を乗り越えた経験が根っこにあるんじゃないかと思います。

そして、芸名と同じ本名「芳根京子」という名前の由来も印象的です。父親が仕事で海外を行き来していた時期に、北海道出身のお母さんが「東京で生まれたことを主張したかった」という理由で「京子」と名付けたそう。「東京に憧れを持っていた母の想い」が名前に込められている——なんともロマンチックな話じゃないですか。


まとめ

芳根京子さんの学歴をまとめると、こうなります。

  • 小学校:杉並区立沓掛小学校(フルートと出会う)
  • 中学校:杉並区立中瀬中学校(難病発症・吹奏楽部で変わる)
  • 高校①:東京都立深沢高等学校(偏差値41、文化祭映画・スカウト)
  • 高校②:東海大学付属望星高等学校(通信制、2015年卒業)
  • 大学:進学せず(芸能活動に専念)

単なる学歴の羅列ではなく、それぞれの学校での体験が次の扉を開いてきた——そんな連鎖が芳根京子という女優を作ってきたんですよね。

偏差値40台の都立高校から通信制に転校して、大学にも行かずに、今や国民的ドラマに欠かせない実力派女優になった。学歴より大切なものがある、とよく言われますが、芳根さんのストーリーはその言葉を体現しているように感じます。

2025年現在も映画・ドラマ・CM・声優と幅広く活躍中の芳根さんの、これからの作品も楽しみです。

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