「勇者ヨシヒコ」や「LIFE!」でお茶の間を爆笑させ、今や引っ張りだこの人気俳優ムロツヨシさん。明るくユーモアあふれるキャラクターで誰からも愛される彼ですが、実は下積み時代に信じられないほどニッチなバイトをしていたことをご存知ですか?
なんと、絶滅危惧種の超レア昆虫「ヨコハマナガゴミムシ」を鶴見川で探すという、聞いただけで「え、そんな仕事あるの!?」と思わず声が出てしまうような珍バイトを経験していたんです!
この記事では、ムロツヨシさんの知られざる虫探しバイトの実態と、15年にわたる苦労の下積み時代、そして現在の大活躍に至るまでの軌跡をたっぷりご紹介します。読み終わる頃には、きっとムロさんの人間的な魅力にもっと惹かれているはずですよ!
ムロツヨシってどんな人?プロフィールをサクッとおさらい
まずは、ムロツヨシさんの基本プロフィールから。
- 本名:非公開(芸名で活動)
- 生年月日:1976年1月23日
- 出身地:神奈川県横浜市港北区菊名
- 身長:168cm
- 血液型:A型
- 学歴:東京理科大学理学部数学科中退
- 所属事務所:アッシュアンドエー
実は偏差値70の超難関大学・東京理科大学に入学したという高学歴の持ち主なんです。ところが大学に入って3週間で中退し、俳優の道へ。19歳で「役者になりたい」と決意してから、なんと37歳まで約18年もの間、バイトをしながら夢を追い続けたという根性の人でもあります。
現在は福田雄一監督作品の常連として「福田組」の筆頭メンバー。『勇者ヨシヒコ』シリーズ、『銀魂』、『今日から俺は!!』など数々のヒット作に出演し、2018年には42歳という異例の年齢でエランドール新人賞を受賞しました。
衝撃!ムロツヨシが鶴見川で「幻の虫」を探していた!
「虫探し」という謎のバイト内容とは?
さて、本題です。ムロツヨシさんが経験した「虫探しバイト」、正式にはヨコハマナガゴミムシの生態調査アルバイトなんです。
2021年のインタビューで、ムロさん本人がこう語っています。
「横浜市に鶴見川というのがありまして、そこにしかいないゴミムシが発見されて、トラップを仕掛けて何匹引っかかったかを報告するようなアルバイトでした」
つまり、河川敷に罠を仕掛けて、絶滅危惧種の昆虫が何匹捕獲できたかを数えて報告する、というお仕事だったんですね。引っ越しや解体工事、眼鏡屋、お好み焼き屋など、数えきれないほどのバイトを経験したムロさんですが、このエピソードは群を抜いて意外性が高いんです!
ヨコハマナガゴミムシって何者?世界でココだけの超レア昆虫
ここで「ヨコハマナガゴミムシ」について少し解説しましょう。この虫、実はとんでもなくレアなんです。
- 世界で鶴見川にしか生息しない固有種
- 絶滅危惧IA類(環境省レッドリスト:絶滅の危機に瀕している種)
- 体長約2cmの小さなゴミムシの仲間
- 1960年代に発見、1979年に新種として発表
- 飛べないため、移動は歩行のみ
名前に「ヨコハマ」と付く唯一の昆虫で、横浜市の固有種でもあるんです。かつては鶴見川流域に広範囲で点在していたそうですが、河川改修工事によって生息地の大部分が消失してしまいました。1990年代には河川工事で絶滅の危機に瀕し、市民の抗議や日本昆虫協会の働きかけで保全活動が始まったという歴史もあります。
つまりムロさんは、世界でたった1箇所にしか存在しない貴重な生き物の調査という、実は学術的にも重要な仕事に携わっていたわけなんですね。
具体的にどんな作業をしていたの?
調査方法は「ベイトトラップ法」と呼ばれるもの。
- プラスチックコップを地表に埋める
- 餌(さなぎ粉)を入れておく
- 罠に引っかかったヨコハマナガゴミムシを数える
- 捕獲数を報告する
シンプルですが、とても地道な作業です。河川敷の茂みを歩き回り、トラップをチェックして回る日々。真夏の暑い日も、雨の日も、きっと淡々とこの作業を続けていたんでしょうね。
しかもこの虫、体長2cmほどの小さな生き物。見つけるのも一苦労だったはずです。引っ越しや解体といった肉体労働とはまた違った、忍耐力が試される仕事だったに違いありません。
ムロツヨシの下積み時代はどれだけ過酷だったのか?
19歳から37歳まで――約18年の苦闘
ムロツヨシさんが「役者で食べていけるようになった」と実感したのは、なんと37歳のとき。それまでの約18年間、バイトをしながら小さな劇団の舞台に立ち続ける日々でした。
19歳で東京理科大学を3週間で中退し、俳優養成所へ。「3、4年で食っていけるだろう」と軽く考えていたそうですが、まさかその後15年以上も暗黒の時代が続くとは思わなかったとのこと。
オーディションは書類審査でことごとく落選。小さな劇団を転々とし、自ら劇団を立ち上げたこともありました。2001年には仲間を誘って「劇団ヤニーズ」を結成したものの、「ムロはアツすぎて俺たちとは違う」とクーデターが起きて、発起人なのにクビになるという屈辱も経験しています。
「数えきれないほど」のバイト経験
虫探し以外にも、ムロさんは本当に多種多様なバイトをこなしてきました。
- 肉体労働系:引っ越し、解体、ガラ出し(廃材捨て)、建築現場
- 接客業:眼鏡屋、お好み焼き屋、居酒屋
- 市場関連:横浜市中央卸売市場でマグロ運び
- イベント系:東京ドームやさいたまスーパーアリーナのコンサート設営・撤去
- その他:絶滅危惧種の虫探し
中でも印象的なのが、コンサート会場の設営バイトでチーフにまで上り詰めたというエピソード。真夏のマリンスタジアムで、芝生を傷めないために細い板を全面に敷く重労働では、「みんな腰をぶっ壊して、どんどんいなくなる」ほど過酷だったそうです。
でもムロさんは、この経験を「演者が思い切りパフォーマンスできるのは、裏方の人たちの仕事があるから」と、後の俳優人生に活かしているんですね。
「楽なバイトは危険」という哲学
面白いのが、ムロさんのバイト選びの基準です。
「楽なバイトって、時間が全然進まないんですよ。あえて体感時間が短くなるような、きついアルバイトをするようにしていました」
さらに「楽しいアルバイト」も避けていたとのこと。理由は「楽しかったら、俳優なんて辞めてそっちに流れちゃう」から。実際、コンサート設営の仕事で居場所ができて喜びを感じ始めたとき、30歳の誕生日前日に「年齢のせいにして」辞めたというエピソードも。
この徹底した自己管理と覚悟、本当にすごいですよね。
30歳でバイトを卒業――ユースケ・サンタマリアの一言
転機となったのは、ユースケ・サンタマリアさんからの言葉でした。
「ムロ君はバイトしていたら、食べていけちゃうから、性格で、社交性で。社交性を切りなさい。芸だけに、芝居だけにしなさい」
この助言を受けて、ムロさんは30歳でスパッとアルバイトを辞め、演劇一本に集中する決意をしました。でも、すぐに売れたわけではありません。35歳まではテレビドラマでも「1話ゲスト」や「真犯人に疑われる男」など、ほんの脇役ばかりだったそうです。
転機は35歳!「勇者ヨシヒコ」で一気にブレイク
福田雄一監督との運命的な出会い
ムロツヨシさんの人生を変えたのは、映画監督・福田雄一さんとの出会いでした。
2009年の映画『大洗にも星はふるなり』で初めて本格的に仕事をともにし、その後2011年の深夜ドラマ『勇者ヨシヒコと魔王の城』でブレイク。ムロさんが演じたインチキ魔法使い「メレブ」の独特な間とコミカルな演技が大反響を呼んだんです。
ムロさん本人も「あれでみんなが『こいつ誰だ?』って名前を覚えようとしてくれた」と語っています。35歳にして、ようやく「ムロツヨシ」という名前が認知され始めたんですね。
37歳で「来月もご飯食べれるな」
そして37歳。ムロさんがインタビューで「19歳からやって、『来月もご飯食べれるな』ってなったのが37歳なんですよ」と明かしたように、この年にようやく俳優一本で生活できるようになりました。
19歳で決意してから18年。普通なら心が折れてもおかしくない長さです。でもムロさんは、この苦労の時期を「マイナスをゼロにする」期間だったと前向きに捉えているんです。
虫探しから大ブレイクまで…ムロツヨシの軌跡
時系列で見るムロツヨシの人生
ここで、ムロさんの人生を時系列で整理してみましょう。
| 年 / 時期 | 年齢 | 出来事 |
|---|---|---|
| 1976年 | 0歳 | 神奈川県横浜市で誕生 |
| 1995年 | 19歳 | 東京理科大学を3週間で中退、俳優養成所へ |
| 1995年〜2006年 | 19〜30歳 | バイトをしながら小劇団で活動(鶴見川での虫探しバイト経験あり) |
| 2005年 | 29歳 | 映画『サマータイムマシン・ブルース』で映画デビュー |
| 2006年 | 30歳 | ユースケ・サンタマリアの助言でバイトを辞める |
| 2009年 | 33歳 | 福田雄一監督『大洗にも星はふるなり』出演 |
| 2011年 | 35歳 | 『勇者ヨシヒコと魔王の城』でブレイク |
| 2013年 | 37歳 | 俳優一本で生活可能に。NHK『ごちそうさん』『LIFE!』出演で知名度急上昇 |
| 2018年 | 42歳 | エランドール新人賞受賞 |
| 現在 | — | ドラマ・映画・バラエティで活躍中の人気俳優 |
こうして見ると、虫探しバイトをしていた20代の頃から、現在の大活躍までの道のりが本当に長く険しかったことが分かりますね。
ブレイク後も変わらない人柄
驚くべきは、売れてからもムロさんの人柄が全く変わっていないこと。
バラエティ番組でのいじられキャラ、共演者へのムチャぶりにも全力で応える姿、演技中の真剣な眼差しと現場の空気をほぐすムードメーカーぶり――すべてが下積み時代に培われたものなんです。
「福田さんが拾ってくれたんじゃない。ずっと"準備"だけはしてたんです」というムロさんの言葉が、すべてを物語っています。15年の努力があったからこそ、チャンスが来たときに掴めたんですね。
ヨコハマナガゴミムシの現在は?保全活動の今
せっかくなので、ムロさんが探していたヨコハマナガゴミムシの現在についても触れておきましょう。
1990年代に絶滅の危機に瀕したこの虫ですが、市民の抗議や保全活動により、新横浜公園近くの河川敷では護岸化が回避されました。現在も鶴見川流域で細々と生息が確認されているそうです。
ムロさんがトラップを仕掛けていた調査は、こうした保全活動の一環だったわけですね。当時は「なんだこの仕事…」と思っていたかもしれませんが、実は地球の生物多様性を守る大切な仕事だったんです。
横浜市の固有種として、世界でたった1箇所にしかいないヨコハマナガゴミムシ。ムロさんのバイト先は、まさに「世界最後の砦」だったというわけですね。
他の芸能人も驚き!同じカテゴリの意外なバイト経験者たち
ムロツヨシさんのように、意外なバイト経験を持つ芸能人は他にもいます。
堺雅人:道端の雑草を食べるほどの極貧生活
大ヒットドラマ『半沢直樹』で知られる堺雅人さんは、大学中退後に親から勘当され、バイトで食いつなぐ日々。本当に空腹のときには道端の雑草を口にしたこともあるといいます。デビューまで5~6年、この極貧生活が続いたそうです。
松重豊:建築現場で1年間正社員として勤務
『孤独のグルメ』の松重豊さんは、蜷川スタジオを辞めた後、建築現場で1年間正社員として働いていました。「芝居の世界に戻ると決めたときは、何があっても逃げ出さないと腹をくくった」と語っています。
堤真一:部屋に生えたキノコを食べようか迷った
『やまとなでしこ』でブレイクした堤真一さんは、売れない時代に部屋に生えてきたキノコを一瞬食べようか迷うほど食べ物に困っていたそうです。36歳でブレイクするまでの約16年間、地道な努力を続けました。
こうして見ると、ムロさんの虫探しバイトは確かに珍しいですが、多くの俳優さんが想像を絶する苦労を経験しているんですね。そしてその苦労が、今の演技の深みや人間性につながっているんだと思います。
まとめ:15年の下積みが生んだ唯一無二の俳優
ムロツヨシさんの絶滅危惧種捜索バイトのエピソード、いかがでしたか?
世界で鶴見川にしか生息しないヨコハマナガゴミムシを探すという、想像を超えるニッチな仕事。でもそれは、15年におよぶ下積み時代のほんの一コマに過ぎません。
引っ越し、解体、眼鏡屋、魚市場、コンサート設営、そして虫探し――数えきれないほどのバイトを経験し、「楽なバイトは危険」という哲学のもと、ひたすら演劇に打ち込み続けたムロさん。その努力が実を結び、35歳で『勇者ヨシヒコ』でブレイク、37歳でようやく俳優一本で生活できるようになりました。
今やドラマ、映画、バラエティと引っ張りだこの人気俳優。でも、その裏には鶴見川の河川敷でトラップを仕掛けていた日々があったんです。
苦労を笑いに変え、どんな役でも全力で楽しむムロツヨシさん。その人間的な魅力は、まさに15年の下積みが生み出したものなんですね。
やっぱりムロツヨシって、すごい!