元乃木坂46のメンバーとして活躍し、現在も女優やモデルとして幅広く活動している松村沙友理(さゆりんご)さん。明るくて親しみやすいキャラクターで人気を集めていますが、「筑波大学出身」という噂を耳にしたことはありませんか?
白飯を山盛り9杯ペロリ、三合炊きも一人で完食...そんな圧倒的な大食いキャラでも知られる松村さんですが(笑)、実は進学校出身の才女だったんです。
可愛いのに大食いっていうギャップもすごいですが、「国立大学を目指していた秀才」っていうのも意外ですよね。
さゆりんごは「白飯を山盛り9杯、3合完食」の大食いキャラ?
これはご本人がテレビ番組などで何度も語っている有名な実話です。
白飯9杯::
乃木坂46時代の冠番組『乃木坂って、どこ?』の大食い企画で、実際にご飯9杯を完食して優勝したことがあります。
3合炊き:
「一食で3合食べる」「お米を6合炊いて、残りは冷凍するつもりが全部食べてしまうことがある」といったエピソードもバラエティ番組で披露しており、JAグループの「お米消費拡大アンバサダー」に任命されたり、お米ソムリエの資格を取得したりするほどの筋金入りです。
実は、この筑波大学の噂の裏には2011年の東日本大震災と、ある受験生の人生を大きく変えた決断の物語があるんです。
松村さんは本当に筑波大学に合格していたのでしょうか。
もしそうなら、なぜアイドルの道を選んだのでしょうか。今回は、松村沙友理さんと筑波大学にまつわる真相と、大阪桐蔭高校で365日勉強し続けた努力家の学生時代について、詳しく見ていきます。

さゆりんごは筑波大学出身という誤解の真相
「筑波大学出身」はデマ|実際は大学に進学していない
結論から言いますね。松村沙友理さんは筑波大学を卒業していません。それどころか、大学には一度も進学していないんです。
これ、意外と勘違いしている人が多いんですよね。私も最初にこの噂を聞いた時は「乃木坂のメンバーで国立大卒なんてすごい!」って思ったんですが、実際に調べてみると全然違いました。正確には、松村さんは高校卒業後に浪人生活を送り、その間に乃木坂46のオーディションに合格してアイドルとしての道を歩み始めたんです。
なぜ筑波大学の噂が広まったのか
じゃあ、なんで筑波大学の噂が広まったのか。
それは松村さんが受験で筑波大学医学群看護学科を第二志望にしていたからなんですね。「進学を考えていた」という事実が、いつの間にか「筑波大学出身」にすり替わってしまった...というのが真相なわけです。
インターネット上では情報が一人歩きしやすいですよね。「筑波大学を受験した」→「筑波大学に合格した」→「筑波大学を卒業した」って、どんどん話が膨らんでいったんでしょう。
実際、松村さん本人も看護師を目指して国立大学の受験を考えていたことは公言していますし、筑波大学が候補の一つだったのは事実です。でも「出身」とは全く違う話なんですよね。
筑波大学に合格していたのか?震災が奪った試験の機会
2011年3月11日|試験前日に起きた東日本大震災
ここからが、松村さんの人生を大きく変えた出来事です。
松村さんが大学受験をしたのは2011年。第一志望の大阪大学医学部保健学科看護学専攻の前期試験には残念ながら不合格となってしまいました。そして第二志望として筑波大学医学群看護学科の後期試験を受ける予定だったんです。
筑波大学の後期試験は2011年3月12日に実施される予定でした。
ところが、その前日の3月11日。午後2時46分、マグニチュード9.0の巨大地震が東日本を襲いました。東日本大震災です。
試験の前日ですよ。受験生にとって、これほど残酷なタイミングってないですよね。私も受験経験者なので想像するだけで胸が苦しくなります。前日まで必死に勉強してきて、「明日は絶対に受かるぞ」って意気込んでいたであろう時に、こんな大災害が...。
筑波大学は翌日12日と13日に予定されていた後期試験を中止しました。これは筑波大学だけでなく、東北・関東地方を中心に少なくとも27の国公立大学が試験を中止したんです。

センター試験での特別措置の実態
試験が中止になった受験生のために、筑波大学は特別な措置を取りました。センター試験の結果や高校の成績(調査書)をもとに合否を決定するという方法です。
ネット上では「松村さんはこの特別措置で合格していた」という情報が流れています。確かに、センター試験で一定の点数を取っていれば、この制度で合格できた可能性はあります。
でも、ここで冷静に考えてみる必要があるんですよね。
倍率13倍の狭き門|合格の可能性を検証する
筑波大学医学群看護学科の2011年後期試験の状況を見てみましょう。
- 募集定員: 5人
- 志願者数: 65人
- 倍率: 13倍
この数字、見てください。定員たった5人に対して65人が出願。倍率13倍って、めちゃくちゃ狭き門じゃないですか。
震災の特別措置で最終的には10人が合格したそうですが、それでも6.5倍の競争率です。しかも、松村さんは第一志望の大阪大学(倍率1倍台)の前期試験で不合格になっているんですよね。
一般的に考えると、前期で落ちた大学よりも難易度が高い後期試験に合格するっていうのは...正直、かなり厳しい話です。もちろん絶対にないとは言えませんが、客観的に見ると「合格していた可能性は低い」と言わざるを得ないんじゃないでしょうか。
それに、仮に合格していたとしても、当時は福島第一原子力発電所の事故直後です。筑波大学は茨城県つくば市にあり、福島との距離は約190km。放射性物質の飛散範囲が関東全域に及んでいた時期に、大阪から関東の大学に進学するって決断は、かなりの勇気が必要だったはずです。
松村さんの実家は大阪。当時の状況を考えれば、たとえ合格していても進学を辞退した可能性は十分にあります。
第一志望・大阪大学の不合格と浪人の決意
看護師を目指した理由|両親の勧めと自分の意思
松村さんが看護師を目指していたのは、両親からの勧めがあったからだそうです。
インタビューで松村さんはこう語っています。
「正直、最初は芸能界に入りたいっていう気持ちは全くなくて、本当は看護師を目指してたんですよ。で、大阪の大学に進学するつもりで、地元で浪人生をしてたんですけど...」
親に勧められた道を真剣に考えて、国立大学の看護学部を目指す。これって、すごく真面目で親孝行な選択ですよね。私の友人にも親の期待に応えようと医療系を目指した人がいましたが、本当に大変そうでした。
大阪大学医学部保健学科看護学専攻への挑戦
松村さんの第一志望は大阪大学医学部保健学科看護学専攻(偏差値58)でした。
大阪大学といえば、関西では京都大学に次ぐ難関国立大学です。その医学部の保健学科となれば、相当な学力が必要なのは言うまでもありません。
しかし、松村さんは前期試験で不合格という結果に...。
受験って、本当に残酷ですよね。どれだけ努力しても、当日のコンディションや問題との相性で結果が左右されることがあります。きっと松村さんも、悔しい思いをしたんじゃないでしょうか。
模試の成績が伸び悩んだ浪人時代
高校卒業後、松村さんは地元大阪の予備校に通いながら浪人生活を送りました。
でも、模擬試験の成績がなかなか思うように伸びなかったそうです。
これ、浪人経験者なら痛いほど分かる話だと思います。「浪人したら成績が上がる」って思いがちですが、実際には思うように伸びなくて焦りだけが募る...そんな日々を送っている人も少なくないんですよね。
松村さん自身、この時期について「将来に不安を抱いていた」と語っています。365日学校に通って勉強してきた努力家の松村さんでさえ、壁にぶつかっていたわけです。
そんな不安な日々の中で、運命的な出会いが訪れます。
大阪桐蔭高校で365日勉強!努力の才女の学生時代
偏差値65の進学校で磨いた学力
松村沙友理さんは大阪桐蔭高等学校 普通科Ⅱ類コース(偏差値63-65)を卒業しています。
大阪桐蔭って、野球部が甲子園の常連校として全国的に有名ですよね。でも実は、進学校としても非常に優秀な学校なんです。
大阪桐蔭には3つのコースがあって:
- Ⅰ類: 東京大学・京都大学・国公立医学部を目指す最難関コース(偏差値69)
- Ⅱ類: 国公立大学・難関私立大学を目指すコース(偏差値63-65)
- Ⅲ類: 体育系クラブや吹奏楽で全国を目指すコース(偏差値52)
松村さんが在籍していたⅡ類コースでも、相当な学力が求められます。この学校に入学できた時点で、松村さんの頭の良さは証明されているようなものですよね。
毎日7時から20時まで|自習室での勉強ルーティン
ここからが松村さんのすごいところなんです。
松村さん、なんと高校時代は365日学校に通っていたそうです。
365日ですよ? 正月もお盆も関係なく、毎日学校。私なんて夏休みの宿題を最終日にやるタイプだったので、この話を聞いた時は「え、マジで?」って声が出ましたもん(笑)。
大阪桐蔭は土曜日までは通常授業があって、日曜日も自習室が朝7時から夜8時まで開放されていたんです。で、先生も来てくれるっていう環境。
松村さんはこの自習室をフル活用して:
- 早朝7時: 自習室に到着、英単語テストの勉強
- 授業時間: 通常授業を受ける
- 放課後: 宿題を済ませてから帰宅
というルーティンを毎日続けていたんですって。
これ、並大抵の精神力じゃできないですよね。周りのクラスメイトもみんなそんな感じで勉強に打ち込んでいたそうなので、「勉強するのが当たり前」っていう環境だったんでしょうけど...それでも尊敬します。
ちなみに、この頃から松村さんの大食いは始まっていたみたいです。勉強のストレス発散だったのか、成長期だったからなのか...理由は分かりませんが、当時から相当な量を食べていたそうですよ。今では「白飯9杯」「三合炊きペロリ」で有名ですが、その食欲を勉強のエネルギーに変えていたんでしょうね。華奢な見た目とのギャップがすごいです(笑)。

早朝テストと終礼テストの繰り返しで基礎力アップ
大阪桐蔭の勉強システムも独特で効果的だったみたいです。
毎日、早朝に英単語テスト、終礼時に数学のテストがあったそうなんです。
前日にテスト範囲を教えてもらえるシステムで、基礎の勉強になるテストを毎日受けることで学力がつくっていう仕組み。松村さん自身、「けっこう苦じゃなくやってました」って言ってるあたり、勉強自体が嫌いじゃなかったんでしょうね。
こういう毎日の積み重ねが、筑波大学や大阪大学といった国立大学を目指せる学力を作り上げたわけです。
ただ、松村さん曰く「体育などの運動は苦手」で「学校ではガリ勉状態だった」とのこと。そのせいか、あまり友達はいなかったんだとか。
中学時代も「めちゃくちゃ暗くて、友達が3人くらいしかいなかった」って本人が語っているくらいなので、勉強一筋のタイプだったんでしょうね。今の明るいキャラからは想像できないギャップです!
運命を変えたポルノグラフィティと乃木坂46オーディション
受験勉強に疲れた心が見つけた新しい道
浪人生活を送りながら、模試の成績が思うように伸びない日々。そんな松村さんに転機が訪れます。
松村さんは当時、ポルノグラフィティの大ファンだったそうです。特にアニメ「鋼の錬金術師」のエンディングテーマを歌っていたこともあって、毎日のようにポルノグラフィティのファンサイトを覗いていたんだとか。
そのファンサイトで偶然見つけたのが**「乃木坂46第1期生オーディション」**の情報でした。
高校の友達からも「オーディション受けたらいいやん」って言われていたそうですが、当初は全く興味がなかったそうです。でも、受験勉強ばかりの生活で、模試の結果も振るわず...「何か違うことに挑戦してみようかな」って気持ちになったんでしょうね。
私も受験生の時、行き詰まると全然関係ないことに興味が向いたりしたので、その気持ち、なんとなく分かります。逃避じゃなくて、新しい可能性を探したくなるんですよね。
「落ちるつもり」で受けたオーディション
面白いのが、松村さん自身「まさか自分が受かるとは思っていなかった」「落ちるつもりで受けた」って後に語っていることなんです。
気晴らしのような気持ちで応募したオーディション。でも結果は...見事合格!
人生って、本当に何が起こるか分からないですよね。第一志望の大阪大学には不合格、筑波大学の試験は震災で中止、模試の成績も伸び悩み...そんな状況で応募した「ダメ元のオーディション」が、人生を180度変えるきっかけになったわけです。
大阪から東京へ|夜行バスでレッスンに通った日々
オーディションに合格した後も、すぐに浪人生活を辞めたわけじゃなかったみたいです。
レッスンは土日に東京で行われていたので、松村さんは金曜の夜に大阪から東京へ夜行バスで通っていたんですって。
夜行バス...経験した人なら分かると思いますが、めちゃくちゃ辛いですよ。座席で一晩過ごして、東京に着いてそのままレッスン。体力的にも精神的にも相当ハードだったはずです。
松村さん自身も「とても辛かった」って語っていますが、母親に背中を押されて頑張っていたそうです。お母さん、娘の新しい可能性を応援してくれたんでしょうね。
こうして松村沙友理さんは、受験生からアイドルへという大きな転身を遂げました。その後、乃木坂46の1期生として「御三家」(白石麻衣・橋本奈々未・松村沙友理)の一人に数えられるほどの人気メンバーへと成長していくことになります。
松村沙友理の学歴まとめ|中学・高校・大学受験の全記録
出身小学校:大阪市立聖賢小学校
松村沙友理さんは大阪市立聖賢小学校(せいけんしょうがっこう)の出身です。
幼稚園の頃から小学6年生まで、英会話・習字・水泳・ピアノなど多くの習い事をしていたそうです。特に水泳は10年近く続けていて、後に中学校の水泳大会で1位を獲得するほどの実力に。
両親がかなり教育熱心だったことがうかがえますね。
出身中学校:大阪市立蒲生中学校
大阪市立蒲生中学校(がもうちゅうがっこう)に進学した松村さん。
中学時代もバレーボール部に所属し、キャプテンを務めていました。水泳大会で1位になったこともあるそうです。
ただ、意外なことに松村さんは中学時代について「めちゃくちゃ暗くて、友達が3人くらいしかいなかった」って語っています。人気アニメ「フルーツバスケット」をきっかけに親友ができたというエピソードもあって、決して華やかな学生生活ではなかったみたい。
卒業式の頃にはみんなと仲良くなれたそうですが、内向的な性格だったんでしょうね。今の明るいキャラとのギャップがすごいです。
中学時代から進学校である大阪桐蔭高校を目指して、一つの目標に向かってひたすら努力する勉強法を実践していたそうです。
出身高校:大阪桐蔭高等学校
大阪桐蔭高等学校 普通科Ⅱ類コースを卒業。
偏差値は63-65で、国公立大学や難関私立大学を目指すコースです。高校時代は365日学校に通い、看護師を目指して猛勉強していました。
同級生には、現在フリーアナウンサーとして活躍する岡副麻希さん(Ⅰ類コース在籍)がいたそうです。岡副さんとは違うクラスでしたが、共通の友人を通じて仲良くなったんだとか。
高校でもバレーボール部に所属していましたが、本人曰く「運動は得意ではなく、唯一人並みにできるのがバレーボール」だったそうです。
実家は大阪市城東区|教育熱心な5人家族
父親・母親の教育方針
松村さんの実家は大阪府大阪市城東区蒲生です。
家族構成は父親、母親、1歳年上のお姉さん、松村さん、弟の5人家族。
父親の職業は公表されていませんが、Wikipediaには近畿日本鉄道勤務という記述もあるそうです(ただし、松村さん本人が言及したことはないので真偽は不明)。
面白いエピソードとして、松村さんの名前の由来は父親が夢の中で仏様に「さゆりちゃんにしなさい」と言われたことなんですって。なんかスピリチュアルですよね(笑)。でも心温まる話です。
母親も一般の方なので詳しい情報は公開されていませんが、血液型はAB型だそうです。料理がとても上手で、松村さんは「母が作る料理が全部美味しくて、魔法使いなのかなと昔から思っている」ってSNSでコメントしていたことがあります。
子供の頃から、バレンタインデーには母親と一緒に父親と弟にクッキーを手作りして渡すのが恒例行事だったそうで、仲の良い家庭だったことがうかがえます。
多くの習い事で育まれた才能
両親は非常に教育熱心で、幼い頃から松村さんに英会話・習字・水泳・ピアノなど多くの習い事をさせていました。
3人の子供を育てながらこれだけの習い事をさせていたということから、経済的にも余裕のある家庭だったことが推測されます。実際、実家は3階建ての一戸建てという情報もあって、2階がリビングで3階に松村さんの部屋があったそうです。
こうした教育環境が、大阪桐蔭という進学校への進学や、国立大学を目指せる学力の基礎を作ったんでしょうね。
家族全員で応援し合う仲の良い家庭で育った松村さんだからこそ、現在の親しみやすく明るいキャラクターが形成されたのかもしれません。
伝説の大食いキャラ|可愛いのに白飯9杯の衝撃
アイドル界のレジェンド級|松村沙友理の大食いエピソード
ここまで松村さんの学歴について見てきましたが、松村沙友理といえば外せないのが圧倒的な大食いキャラですよね!
乃木坂46時代から、その食べっぷりは伝説になっていました
冒頭にも記載しましたがもう一度。
白飯を山盛り9杯完食
三合炊きを一度の食事でペロリ
焼肉では一人で何皿も平らげる
可愛い顔してこの食欲...最初見た時は「え、マジで?」って二度見しましたもん(笑)。細身の体型からは想像もつかない食べっぷりなんですよね。
勉強のストレスも食欲で発散?
思い返せば、高校時代に365日学校で勉強していた時期も、相当な量を食べていたはずです。
勉強って、めちゃくちゃエネルギー使うんですよね。私も受験生の時、夜食にカップラーメンとおにぎりを毎日食べてました(その結果、受験終わった後の体重が...笑)。
松村さんの場合、朝7時から夜8時まで学校で勉強し続けるんですから、そりゃあお腹も減りますよ。脳を使うとブドウ糖が消費されるって言いますし、ご飯をたくさん食べるのは理にかなってるのかもしれません。
受験のストレスを食欲で発散していた可能性もありますよね。私の友人も「ストレスたまると無限に食べちゃう」って言ってましたから、松村さんもそうだったのかも。
大食いと頭の良さの意外な関係?
実は「大食い=頭がいい」っていう説、聞いたことありませんか?
脳は体重の2%程度の重さしかないのに、全体のエネルギーの20%も消費するんだそうです。つまり、頭を使えば使うほどエネルギーが必要になる。松村さんみたいに365日勉強し続けていたら、そりゃあお腹も減りますよね。
国立大学を目指せる学力 + 伝説の大食いキャラ = エネルギー消費量がハンパない
...って考えると、松村さんの大食いは「頭が良い証拠」だったのかもしれません(笑)。
今も変わらぬ大食いぶり
乃木坂46を卒業した後も、松村さんの大食いキャラは健在です。
バラエティ番組での大食いチャレンジや、SNSでの食事投稿を見ても、相変わらずの食べっぷり。でも太らないんですよね...。代謝がいいのか、よく動いているのか。羨ましい限りです。
「可愛い × 大食い × 頭がいい」っていう、最強の三段構えですよ、これ。ギャップ萌えの極みじゃないですか。
勉強漬けの高校時代を乗り越え、震災という試練を経験し、アイドルとして成功した松村さん。その全てを支えてきたのは、もしかしたら「たくさん食べること」だったのかもしれませんね。
まとめ
松村沙友理さんと筑波大学の関係について、今回詳しく見てきました。
結論をまとめるとこうなります:
- 筑波大学出身というのは誤情報。松村さんは大学には進学していない
- 筑波大学医学群看護学科を第二志望にしていたのは事実
- 2011年3月11日の東日本大震災で試験が中止に
- 合格していたかは不明だが、倍率13倍を考えると可能性は低い
- 仮に合格していても、震災の影響で進学を辞退した可能性は高い
松村さんは大阪桐蔭高校で365日勉強し続けた努力家でした。その勉強を支えていたのは、もしかしたら「大食い」というエネルギー源だったのかもしれません(笑)。白飯9杯食べるエネルギーがあれば、そりゃあ一日中勉強できますよね。
第一志望の大阪大学には不合格、筑波大学の試験は震災で中止...そんな逆境の中で、偶然見つけた乃木坂46のオーディションが人生を変えるきっかけになりました。
「もし震災がなかったら?」「もし大阪大学に合格していたら?」
そんなIFを考えずにはいられません。でも、結果として松村さんは乃木坂46の人気メンバーとなり、卒業後も女優・モデル・タレントとして活躍しています。「可愛いのに大食い」というギャップキャラも、多くのファンに愛される理由の一つになっていますよね。
人生って、本当に何が起こるか分からないですよね。一見不運に思える出来事が、実は新しい扉を開くきっかけになることもある。松村沙友理さんの物語は、そんなことを教えてくれます。
受験で悩んでいる人、進路に迷っている人。今がどんなに辛くても、その先には思いもよらない未来が待っているかもしれません。松村さんのように、勇気を出して一歩踏み出してみることが大切なんじゃないでしょうか。
そして、勉強で疲れた時は...たまには思いっきり食べることも大事かもしれませんよ(笑)。松村さんを見習って、しっかり食べて、しっかり勉強する。それが成功への近道かもしれませんね!
