タイプロで最年少候補生でありながら、ダンスや歌唱力の高さで最終審査に進んだ浅井乃我(あさい のあ)さん。
アメリカから単身日本に渡り「遊びに来たわけじゃない、アイドルになるために来た」と覚悟を持って挑んでいる姿が印象的ですよね。
そんな浅井乃我さんは、どんな経歴があるのかを徹底調査していきましょう!
浅井乃我のwiki経歴・11歳でAGT出演

浅井乃我さんは小学1年生のときにHIP HOPを習ったのが最初でした。
当時はマイケル・ジャクソンが好きで、たくさんの習い事の中で一番夢中になったのがダンスだったんだとか。
ダンススキルの高さに定評がある浅井乃我さんの経歴を見ていきましょう!
アメリカで日本の番組を見て育った
母親が嵐の大ファンだったこともあり「MUSIC STATHION」や日本のバラエティ番組を見て育った浅井乃我さん。
浅井乃我さんの日本語に違和感に感じないのは、家庭の中で自然に日本のポップスが流れている環境が大きいのかもしれませんね。
2018年にAGTに挑戦
タイプロ公式YouTubeの中で「人前で初めてパフォーマンスをしたのはいつ?」と聞かれ、2018年にAGTに出演したことを挙げた浅井乃我さん。
それを聞いた菊池風磨さんのリアクションの大きさで、どれだけすごいオーディションなのかがわかります。
・America's Got Talent(アメリカズ ゴット タレントの略)
・ダンス、歌手、コメディアンなどジャンルや年齢、性別は問わないスター発掘番組
・賞金は100万ドル
2022年にはTravisJapanがAGTのステージに立ち、セミファイナル進出にはなりませんでしたが、注目を浴びました。
そんなすごいステージに、わずか11歳で挑んだ浅井乃我さんのダンスへの本気度がわかる経歴です。
NPO立ち上げ
アメリカでは男性ダンサーが食べていくのは大変で、学校の授業でいろんな職業の年収を調べてダンサーの年収を知り夢を諦めたことも。
そんな浅井乃我さんは友人とNPOを立ち上げて活動していたんです。
その活動内容は、
で、これだけ見ても浅井乃我さんの素晴らしい人間性や企画力がわかりますね。

アメリカではNPOと普通の企業が同等のステータスらしいわね
若いながらも音楽で食べていく手段を考えていたものの、不安を感じていた浅井乃我さん。
そんな頃にタイプロのオーディションの存在を知ったのは、母親からの勧めだったんです。
浅井乃我のwiki経歴・3次通過で日本移住は本当?

浅井乃我さんは、タイプロのために17歳(参加当時)で単身アメリカから参加しています。
アメリカ育ちの浅井乃我さんが、敬語や距離感のことで注意をされる場面もありましたよね。
そんな浅井乃我さんは、3次通過をきっかけに大きな決断をしていました。
日本国籍を取得
浅井乃我さんは3次審査を通過してアメリカに一度帰国、両親を説得して日本に移住することを決断。

わずか1週間の間で決めた行動力がすごいわよね
居住地を日本に移すには、日本国籍を取得する必要があるので、浅井乃我さんはアメリカと日本の二重国籍を持っている可能性が高いでしょう。
浅井乃我さんが、どれほどタイプロにかけているのか思いの強さを知ることができますよね。
タイムレスのメンバーに選出されたら、地元デトロイトでライブをするのが夢と語っている浅井乃我さん。
可愛い笑顔の裏にしっかりとしたビジョンがあるんですね!


まとめ
浅井乃我さんの経歴をまとめると、
・小1でダンスを始める
・11歳でオーディション番組に出場
・友人とNPOを立ち上げ
・タイプロ参加のために17歳で単身アメリカから参加
ということがわかりました。
若いながらも、しっかりとしたビジョンがあり夢に向かって居住地を移して挑んでいる浅井乃我さん。
これからの動向に注目して応援していきましょう!